馬の頭の走り書き

書いているケモノ小説(BL含む)のこと。あるいは、たまに読書日記とかプログラミングとか。

でぃれんま

長く開いてしまいました。更新はないです。すみません。

気持ちとしてはとても書きたいのに、事情から書けないというのはつらいものです。
そのくせ、ふだんはだらけてさぼっている。
ぼくの、書くことへの気持ちはその程度なんだろうかと思うことがたまにあります。

最近読んでいるイタロ・カルヴィーノの『柔らかい月』の中で、ヨハン・フォン・ニューマンという人の書物が引用されています。
内容(ロボットの自己複製?)を鑑みるとどうも、ジョン・フォン・ノイマンのことかなといらぬことを気にかけてしまう。
高頻度で文章が、「○○だった、××なのである、私は□□ではないのだ。」のように文章が句点でつながっていて、前後関係が少しわかりにくいのですが、これはイタリア文学を日本語にするとこうなってしまうのか。あるいはこの作品が原著でもそうなっているのかは謎です。カルヴィーノはもともと『不在の騎士』(未だ買ってない)を書店で見かけて以来ずっと読みたかった作家ですが、もしも不在の騎士もこうならば、ちょっと優先度を下げてしまうやもしれぬ。