馬の頭の走り書き

書いているケモノ小説(BL含む)のこと。あるいは、たまに読書日記とかプログラミングとか。

円城塔『シャッフル航法』

 表題の『シャッフル航法』は雑誌の『現代詩手帖』五月号に載ったばかりだったので、まさかすぐに書籍になるとは思わなかった。ずっと気になっていた『Beaver Weaver』などが収録。サイン会では生円城塔を拝顔できたし、インスペクト駆動小説のこともそのとき訊けた(この本所収の『Φ』がそれ)し、幸せいっぱい。
 つぎ(の円城塔)は、と『エピローグ』を買ったけど、円城塔の文章はとても濃いので間になにか別の本を挟みたいところ。
 現代語訳で『雨月物語』も出るしね。
 あとは、『文藝春秋』で連載してた私小説『プロローグ』とか、あと一冊新刊が出るみたいだけど、そちらはまだ情報が見あたらない。

 あ、『プロローグ』はgit pullしとかないとな。

あらまし

 今では広く普及した、カードのシャッフルのように宇宙を混ぜ込み入れ替え差し替えて、恒星間の移動を実現するシャッフル航法。その成熟期に起こったとある実験事故のようすが描かれ、またそれによって初期の開発における幸運を示す。
 ……という内容の表題作・詩の『シャッフル航法』を含めた短編集。

  • 内在天文学
  • イグノラムス・イグノラビムス
  • シャッフル航法
  • Φ
  • つじつま
  • 犀が通る
  • Beaver Weaver
  • (Atlas)3
  • リスを実装する
  • Printable

を収録。『(Atlas)3』は「きゅーびっく・あとらす」と読む……んだけどこんな事情が、ある。というかいまさらっと(Atlas)^3って書いてプレビューしてみたら、ちゃんと三乗の表示がされてて、はてなブログ恐るべしとビビってる。

 あ。サイン会でもらったコピ本(短編)のことを思い出した。タイトルが面白そうなんだよね。『〈ゲンジ物語〉の作者、〈マツダイラ・サダノブ〉』、読まねば(どうみてもピエール・メナール)。

感想

 おバカと数理と計算機のよくでてくる短編集。おおまじめにおバカしていて、あるいは実験していて、そしてとてもおもしろい。

 円城塔作品の中ではわかりやすめな部類に入るんじゃないだろうか。  『Gernsback Intersection』(『Boy's Surface』所収)みたいに大混乱の様相を呈していたりはしないし、『equal』(『バナナ剥きには最適の日々』所収)みたいに形式に偏ってばかりもいない。『シャッフル航法』や『Φ』では小説の表示の形式を利用して話を組み立てているけど、その構造についての説明がちゃんとあって、何が起こっているのかわかりやすい。
 そして全体的にコミカルで妙な切迫感がある。

 この本の中の短編はだいたい、センチメンタル系、コミカル系、すごく・ふしぎ系に分かれると思う。それぞれ、『内在天文学』『シャッフル航法』『Φ』『Beaver Weaver』『リスを実装する』、『イグノラムス・イグノラビムス』『つじつま』『(Atlas)3』、『犀が通る』『Printable』って感じで(個人の感想です)。円城塔は、サイン会のときにぼくの前の女性も言っていたけど、とてもエモい。話によってはそれが外に出てこないこともあるけど、この本はどれもなかなかエモーショナル。
 特に『リスを実装する』なんかは、円城塔にしては珍しく、現実的で未来を考察したふつうのSFに見えて、そしてとってもなんだかしんみりする。息子のことや妻のことを投影してはいないリスのプログラムと、歯車職人の多米(ため)さんのつくった自重で動く機械、つまり主人公と妻の出会いがはたして可能になるのかどうか、という不安。
 あるいは『Beaver Weaver』の、自分達がそう作られるように想像され出でるビーバーが宇宙の論理的構造を齧り伐り倒してなおビーバーを存在させるように動く、主人公、と出会わなかっただろう彼女の逃避行。

 コミカル方面でいくと、『イグノラムス・イグノラビムス』はかなり笑った。『小説宝石』のSF特集号に載ってたのを読んでの再読だったわけだけど、これがかなり吹っ飛んでる。美食家を唸らせて止まない〈ワープ鴨の宇宙クラゲ包み火星樹の葉添え異星人ソース〉を前に、美味しさの衝撃を感じつつその実感を得られない主人公の、当の料理を発見・発明するまでの顛末。その中での、友人の異星人(種族:センチマーニ)が気絶するくだりは最高である。レストランはどう考えても『宇宙の果てのレストラン』で、そこがまた、くすぐる。
 また、『(Atlas)3』の描写不可能理解不能の超越戦闘を繰り広げながら、それをあたかもワインを一緒に飲もうとしているかのように描写しようとして「いそがしい」とかいうくだりも可笑しかった。
 この真顔ですっとぼけをやる感じ、たまらない。

 とはいえがっつりではないものの、わりと専門用語は散りばめられているほうなので(雰囲気程度に)、ちょっとした覚悟は必要かも?

P.S.

 『Gernsback Intersection』についてはおもしろい資料を見つけた(これ)。ここまでの精読をできるのはすごい。ぼくにはそれをできるだけの知識も読書量も、頭もない。感服である。